公的なものとポピュラーなもののコンフリクト (4)

 それと関連して重要なのは、次のことである。ポピュラー性の場合は、好きなものの共通性が「みんな」を定義する(共通性→「みんな」)。一方、公共性の場合は、「みんな」がまず定まらないと何が共通かも決まらない(「みんな」→共通性)。機序が逆なのだ。
 このことは、先の第三の意味における「みんな」にもかかわってくる。斉藤[同上書:x]の指摘するように、「「共通していること」はほとんどの場合「公共性」を一定の範囲に制限せざるをえず、「閉ざされていないこと」と衝突せざるをえない局面をもつ」。他方、ポピュラー性における「みんな」は、それを好きであること以外にメンバーシップの制限がない。だれに対しても開かれている。ポピュラーなものに媒介された共同性は、その点では、きわめて開かれた共同性である。おかしな表現になるが、ポピュラーなものは、公共性の第三の意味(と第二の意味)において、公的なもの以上に公的とも言えよう。



→つづく