むかし書いた読書案内

研究室をちょこっと整理してたら、出てきた。
関大生協『季刊 書評』118号(2001年4月)p.15-7より。

マンガは哲学する (講談社プラスアルファ文庫)

マンガは哲学する (講談社プラスアルファ文庫)

寄生獣(1) (アフタヌーンKC)

寄生獣(1) (アフタヌーンKC)

社会学部 辻大介先生のブックガイド


夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか』NHK出版・1997年・880円
永井均『マンガは哲学する』講談社・2000年・1400円
岩明均寄生獣 1〜10巻』講談社・1990〜95年・各500円前後


 学生のための読書案内といえば、学術書や文芸書を紹介するものとだいたい相場が決まっている。でも、そんなカターイ本を小脇に学生がキャンパスを闊歩していたのは、もう遠い昔の話。ご年配の教授陣はよく「最近の学生は本を読まない、読むのはマンガくらいのもんだ」というお小言を口にされる。そうですねえ、と相づちをうちながら、私は内心つぶやいている。マンガもバカにしたもんではないですよ、と。(以下、心の声)。
 マンガってのは子どもでもわかる単純で幼稚なもんだ、と決めつけていらっしゃいませんか。マンガを読んでる私たち自身もふだんはあまり気づかないんですが、実はそこにはいろんな複雑な表現技法が盛り込まれているんです。夏目房之介の『マンガはなぜ面白いのか』を読めばそのことがよくわかります。線の描き方や余白の使い方ひとつで、がらりと印象が変わってしまうほど、マンガの表現ってのは繊細なんですよね。ひょっとすると文学や芸術よりも高度な技術が必要かもしれません。そんな高度な表現読解力を子どもが身につけられるはずないですって?そんなことないですよ、外国に移住した子どもは大人より早くその国のことばを覚えるじゃないですか。それと同じで、「マンガ語」もたぶんすぐに覚えてしまうんですよ、子どもは。その意味では、この本は「マンガ語」の語彙と文法を楽しくやさしく解説した入門書と言ってもいいでしょうね。
 それに中身だって幼稚だとは限りません。永井均という哲学者は『マンガは哲学する』という本で、いろいろなマンガを紹介しながら、そこにきわめて哲学的な問題が提起されていることを指摘しています。いや別に、文学色の強いマニアックなマンガばかりじゃなくて、“ドラえもん”や“天才バカボン”なんていう誰もが知ってるようなマンガにもですよ。彼は「マンガは子どもが読むものだという通念が…大人の常識に惑わされない問題提起を許している」のではないかって言うんですけど、私も賛成です。常識に惑わされずに自分の頭で問題を考えることって、哲学だけじゃなく、どんな学問にとっても、すごく大事なことだと思うんですよね。私は大学って、知識を学ぶだけじゃなくて、こういう姿勢を身につけるためにあるところだと思うんです。それにはマンガもいい教材になるんじゃないでしょうか。あ、ちなみにこの本、哲学の本としてはこれだけ読んでもピンとこないところも多いと思うんで、同じ著者の『翔太と猫のインサイトの夏休み』(ナカニシヤ出版・2000円)あたりと併読した方がいいでしょう。
 え?具体的にはどんなマンガが君のオススメなのかって?岩明均の『寄生獣』あたりはどうでしょう。その名のとおり、人間に寄生する知的生命体と寄生された少年が主人公の話なんですけれど、エンターテイメントとしても一級品だし、人間という社会的存在について深く考えさせられるシーンがあちこちにあります。それこそ、ある意味では、作品全体が「どうして人を殺してはいけないの?」という究極の倫理学的問題を提起していて、しかも“大人の常識”でごまかさずに取り組んでいる。それに対して、著者が作品のなかで出している答えというのは、私には、今の大人が子どもに対して示すことのできる最良の答えの一つのように思えるんですよね。いや、ふつうに読めばロマンチックでおセンチな結末のように思えるのかもしれないけれど、普遍的・抽象的な道徳倫理をむやみにふりかざすことなく、功利主義一辺倒に陥ることもなく、何とか血の通った答えをだそうとしているような気がするんです。まあ、話を始めると長くなりますから今はやめておきますが。他にもいいマンガはたくさんありますよ。(以上、心の声おしまい)
 学生諸君、いいマンガを読んでください。そして、いい本も読んでください。どっちの方が上ということはありません。大切なのは、マンガか本かではなく、そこから自分が何を感じ、何を考えるかだと私は思います。


他に各学部の先生方が原稿を書いておられるのだが、そこで挙げられている本は。
論語』とか、『茶の本』とか、『手にとるように環境問題がわかる本』とか、『山椒魚戦争』とか、『火車』とか、『南方熊楠』とか、『ITユーザの法律と倫理』とか。
おいらの原稿は、思いっきり浮いてるような気がする。
つうか、半分ケンカ売ってるような......