木田元先生インタビュー


「Webマガジンen」より(http://www.shiojigyo.com/en/column/main3.cfm)。
ここでは、あまり「〜先生」という敬称は使わないようにしてるのだが、木田先生は何か「先生」をつけないと気が引ける。
別に直接教えを受けたことはないのだが、ご著書ではずいぶん「目ウロコ」感を味わわせていただいた。
つうより、ハイデガーの研究書はほとんど木田先生以外のものを読んでいないと言っていいのだが(恥)。

 自分の言葉で考えるといってもね、かなりきちっとした訓練をしないとものを考えるなんてことは簡単にできるものではありませんよ。自分の経験から言っても、考える訓練をするには書かれた本を一行一行きちっと読まないとダメです。書き手の思考をそうやって追思考する。最初の一行から最後の一行まで、とにかく読み通してみる。考える訓練をしようとしたら、そういう方法しかありません。ウィトゲンシュタインとかフッサールのような天才ならいざしらず、普通のあたまの持ち主なら、やはり丹念にじっくりそういう読み方をしていく意外には方法はないと思います。


やっぱり、そうですよね、と、ゼミ生向けの夏休み課題に50冊を挙げた自分を少し反省したり。
でも一方で、数を読むことも(社会学の場合は?)重要かと思うのですが。

―― ハイデガーにしても難しいと言われているのは、多分に翻訳のせいだということもあるのでしょうね。

 そうですよ。翻訳に関して言えば8割は使い物にならないと思います。哲学書なんだから読んだって簡単に理解できるわけはない、と読者の方があきらめちゃっている場合があるけれども、そんなことはないですよ。翻訳が悪いんです。日本のハイデガー全集もそうとうに酷い翻訳で、これは文化的犯罪じゃないかと言ったことがあります。


うむ、よくわかる(笑)
ハーバーマスも酷いとよく言われとりますが。

でも、頼まれた翻訳が同時にできあがり、まあ、一石二鳥ですけどね(笑)。最初に読んだ「現象学の根本問題」を今若い連中と一緒に訳している最中です。


え?
創文社から出た訳本以外に、もう一冊、木田版の訳本が出るつうことですか。
それとも、Band58のGrundprobleme der Phanomenologieのほう?
(Band24のやつとは、定冠詞dieが入っていないだけでややこしい、前に間違って買っちまったことがある、もちろん読んでないけど(w)
しかし、『ハイデガーの思想』やらを拝読するかぎり、Band24のほうだろうとしか思えないのだが。
現象学の根本諸問題』の既訳書は悪くない訳ではないかと思ってたんですが*1、やはりオレは読めてないつうことか(恥)

*1: ドイツ語なんざろくに読めるレベルにないので(恥)、原書と照らし合わせて読んだわけではないけれど