子育てと男女共同参画(1)


うちのチビどもの夏休みもぼちぼち終わりに近づいてきた。
だからというわけでもないのだが、id:gyodaikt:20040814#p3 さんの「夏休み」の宿題が、勝手に気になってるので、ちょっぴりネットで検索かけてみた結果などを交えながら、φ(..)メモメモ

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スウェーデンの犯罪率と家庭育児(時間)の減少との相関関係(あるいは因果関係)を裏づける実証研究があるかどうかは、かなり疑問。
まず注意しなくてはならないのは、犯罪に相関する社会的要因と考えられるものが、犯罪の種類によってかなり変わってくること。
たとえば、窃盗や強盗などの財産犯であれば経済的要因(貧困など)が大きく関わってくるのに対し、強姦などの性犯罪、殺人や傷害などの生命・身体に対する犯罪では、それほどでもない。
常識的に考えてもそうだろうし、やはりスウェーデンでも、暴行(assault)の場合は、窃盗(theft)や強盗(robbery)とは相関する要因が異なることを示した計量的研究がある。<http://ideas.repec.org/p/hhs/sunrpe/2004_0003.html


経済的環境と家庭的環境をとりあえず区別するとすれば、家庭内での育児時間の減少が犯罪率を高めそうなのは(その因果関係が一般論的に考えやすそうなのは)、財産犯より殺人や暴行、傷害などだろうし、計量的に分析するにあたっても、より経済的要因が分析手法上で排しやすいだろうと予想される(重回帰分析をおこなう場合の多重共線性の排除などのテクニカルな面でのこと)。
ただし、インターネットでざっと見た限りでは、スウェーデンについて、家庭環境要因を含めた犯罪発生率の分析をおこなった論文は見あたらなかった。
ネットにあがっている論文など、たかが知れている(し、そのすべてを渉猟したわけでもない)ので、犯罪(社会)学、教育学方面で、腰を入れて探してみてもいいとは思うが、スウェーデンのケースに限定して探すことにあまり意味はない(後述)。


さて、わずかなりとも傍証になりそうなのは、高福祉政策が本格的にとられだした時期以降、犯罪率が上昇したかどうかをみてみること。
傍証にいうにもかなり薄弱なものではあるのだが、手軽にチェックできるので、とりあえず見てみた。
長期育児休暇、保育サービスや児童手当の充実などの育児支援策がスウェーデンでとられはじめたのは90年代初頭。
それ以降、殺人(homicide)の発生件数は増加曲線をえがいているし、人口比(per capita)に換算してみてもやはり増加傾向であることは変わりない(財産犯などについては、前述の理由により、とりあえずチェックしていない)。
ただ、この統計をみるときには、注意を要する。<http://www.stefangeens.com/translation.pdf
たとえば、1965年には前年より殺人件数が急増するが、これは犯罪統計のとりかた(事件のカウントのされかた)が前年と異なり、暴行致死(assault from which death resulted)に、押し込み強盗など別種の犯罪のほうにカウントされるべき事件が相当数含まれるようになっていたことによるという。
79年にもやはり前年より急増しているが、この年には病院で1人が27人を毒殺する事件が起きている。
このような要因を排して、cause of deathで統計を取り直すと、増加曲線はかなり緩やかなものとなり(それでも60年以降増加してはいるのだが)、90年以降は減少傾向すら読みとれる。


とは言っても、90年代に育てられた子どもたちが成人するのは2010年以降になるので、今後の動向をみる必要がある(cause of deathの統計で、再び増加傾向に転じるかどうか)。
では、スウェーデンでそもそも高福祉政策へと梶が切られた40年代後半以降はどうか。
つまり、40年代後半以降に育てられた子どもたちが成人する60年代後半以降、殺人は増えているか。
しかり。
先ほどのcause of deathのグラフをみてみると、60年代半ばあたりから増加している(per capitaに換算してみても増加傾向は同じ)。
ただし、ここで問われるべきは、なぜ60年代後半から高率に移り行ったかではなく、50年代は低率にとどまったかということであるようにも思える。
よく知られているように戦争中は殺人が減少する。
スウェーデンの場合も第2次大戦中に減少しており、戦前には90年の水準以上に殺人件数が多かった時期はいくらでもある。<http://www.crim.su.se/downloads/HISTCRIM.PDF
さらに言えば、最近の高くなった時期でも、たとえば02年度の人口10万人あたりの殺人件数は1.07件。これは日本の1.10件よりわずかながらではあるが低い数値だ。<http://www.stefangeens.com/000286.html


話変わって。
男女共同参画社会と少子化」については、同名タイトルの赤川学氏の論文がとても勉強になった。<http://homepage3.nifty.com/m-akagawa/pdf/shosika.pdf
氏の引かれている廣嶋論文(1999)によれば、合計特殊出生率の低下は、晩婚化と非婚化の効果が大きいものの、結婚後に産む子ども数の減少の効果も寄与しているという(わたしは最近の出生率低下は有配偶者の子ども数の減少は関係ないだろうと思っていた)。
これが勉強になったことの第1点(こういう家族社会学の知見をちゃんと知らなかったところが情けない)。
んで、女性労働力率と出生率の相関を示した研究を斬っていくわけだが、まずは国際比較調査データ。詳細は省くとして、次の結論はわたしも深くうなづける(これは勉強になったというより、意を強くした点)。

これまでのリサーチ・リテラシー的検討を、百歩どころか千歩譲って、女性労働力率と出生率との高い相関関係、ないし「女子労働力率が高いから、出生率が高い」という因果関係を認めたとしても、国民国家を単位とした国際比較から導かれる傾向性が、歴史的経緯も文化的背景も社会的制度も政策の実施状況も異にする日本の少子化防止対策として、どれだけ有効かは議論の余地があろう。


次に斬られるのは、国内の「クロスセクショナル・データ分析」、行政区単位のデータに基づく分析である。
今井(2001)や金子(2000)は、合計特殊出生率や平均同居児数と統計学的に有意に関連する変数の1つに、有業率、女性の労働力率をとりだしている。
これに対する批判としては、いわゆるリサーチ・リテラシー的批判の定石である、相関関係と因果関係の区別と、疑似相関の指摘がとられる。

今井について、特に述べる事はない。ただ、「女子労働力率が高い県は出生率も高い」という相関関係を、「女性がよく働く社会ほど子どもも産まれやすい」という因果関係として解釈するのであれば、「子どもが多く産まれる社会だからこそ、女性も働かざるをえないのではないか」という逆の因果を対置させるのみである。どちらの因果推論がより妥当かは、この段階では直接には検証できない。


ごもっとも。異論なし。

また金子の指摘にしても、……「女性労働力率の上昇は出生率を高める」という因果推論をどうしても保持したいならば、「それは単なる疑似相関ではなかろうか」という疑問を提示せざるを得ない。
そこで、金子が使用したのとまったく同じデータ・変数を用いて、第三変数の所在を考える。それは第三次産業従事者比率である。この比率と出生率の単純相関は、-.4370。中程度の負の相関であり、…ちなみにこの比率は、住民税とは正の相関(.302)、女性労働力率とは強い負の相関がある(-.601)。
ここで合計特殊出生率と、一人当たり住民税、一人当たり教育費、女性労働力率との相関は、それぞれ-.795、.614、.353である(いずれもp<.05)。これを第三次産業従事者比率でコントロールすると偏相関はそれぞれ、-.773、.614、.127となる。前二者は絶対値がさほど下がらず、依然としてp<.05で有意だが、女性労働力率との偏相関は.127で単純相関から35.9%も減少する。…ここでもやはり4割近くが、単なる見かけ上の相関なのである。


手並み鮮やかではあるのだが、ちょっと「リサーチ・リテラシー」的にはアンフェアだ。第三次産業従事者比率を潜在変数と仮定するなら、確かにこれは、女性労働力率と出生率の相関は、見かけ上によるところが大きいことを示した分析結果である。
しかし、分析テクニック上は、女性労働力率のほうを潜在変数と仮定するなら、同じこと(見かけ上の相関であること)が第三次産業従事者比率と出生率とのあいだの相関にも示せる(単純相関値-.437は大きく下がるはずなので)。
どちらを潜在変数とするのが適当かを決めるのは、単純相関の絶対値の大きさではない。
分析者の見方であり、その見方を支える理路や(分析に用いられたデータとは)別の証拠である。
(それから、細かいことだが、相関係数の説明力はその値の2乗によるので、「35.9%も減少」というより、.3532→.1272=12.9%の減少というほうが適当ではないか。)


確かに、前の節でも述べられているように、

一般に、第一次産業(農林漁業)中心の社会では、出生率は高く、女性の労働力率も高い。これが第二次産業(鉱工業)中心の社会へと「近代化」していくにつれ、出生率は低下し、女性の労働力率も下がる。さらに第三次産業(サービス・情報産業)中心の社会に移行すると、出生率はともかく、女性の労働力率は再び上昇する。


のだとして、第三次産業中心の社会では、なぜ女性の労働力率が高まり、出生率は高まらないか、というそこのところの理路だ。
それは産業的要因だけでなく、家族構成の変化や都市化といった随伴的要因も関わってくるだろう。
その点でひとつ示唆的に思えるのは、「個票単位の分析」の節でとりあげられていた八代・小塩・井伊(1997)の分析結果だ。


(つづく)