だいじょうぶか、日本小児科医会アンケート


「子育てと医療と裏モノと」7/30のエントリより。
「子どもとメディア」小児科医の意識調査アンケートに、次のような設問があるそう。

17. テレビ、ビデオ、テレビゲーム・携帯用ゲームなどが子どもにどのような影響を与えると思われますか。考えられることを3つお答え下さい。他にお気づきのことがあればその他に記載してください。


(1) 人や物を愛する気持ちが育たない
(2) 自分の感情を抑えられなくなる
(3) 計画性を持った行動がとれなくなる
(4) 友達などとの交友関係が少なくなる
(5) 自分の欲求が満たされないと気がすまなくなる
(6) 他人とのつき合いが下手になる
(7) 地道な努力ができなくなる
(8) 現実と非現実の区別がつかなくなる
(9) 他人と協力することが苦手になる
(10)物事を深く考える習慣がつかなくなる
(11)状況を正しく判断できなくなる


回答(   ) 回答(   ) 回答(   )


選択肢に「悪影響」ばかりがならべられている、という点はとりあえず措く。
回答者に「こうした情報機器は悪影響をおよぼすはずのものなのだな」という予断、バイアスを与えることになるだろうが、設問の意図・目的によっては、こうした設問(選択肢の並べ方)は直ちに不適当というべきものではない。
ただ、その肝心の設問の意図・目的がよくわからんのだ。


この調査の目的は、おそらく子どもへの悪影響が実際にあるかどうかを調べることにある。
だとすれば、いくら「これこれの悪影響があると思う」ということ調べたとしても、実際に影響があるかどうかはわからない。
8割の人が「明日は雨になると思う」と答えたとしても、実際に明日が雨になる(あるいは降水確率が80%ということになる)わけではない。
それと同じことだ。


情報機器に対してどういう考え方をしている人がどういうふうに子どもに機器利用させるか、を調べるのが目的であれば、やはり「好影響」があるとみなす人を把握できなければ(つまり、「好影響」に関する選択肢がなければ)なるまい。
育児情報への接触頻度が高いほど、情報機器の悪影響への不安が高いといった、いわゆる「培養効果」を検証するための設問かもしれないが、それならそれで、回答を3つに限るより「いくつでも」方式にしたほうがよいし、やはり「好影響」についての選択肢も設けたほうがよい。


医学分野でも疫学的調査をやったりするから、必ずしもシロウトさんばかりとも思えないのだが、社会調査はまた勝手が違うということか。
調査会社は加わっているかもしれないが、社会調査の専門家が加わっているとは思えない。
どうも不安だ。


先ごろ、新聞などでも報道されたが、文科省の肝いりで子どもの脳の発達に関する大規模な調査がおこなわれることになった。

医学や脳科学、教育の専門家らが、乳幼児1万人を10年かけて追跡調査する。育児や教育の現場で役立ててもらう狙いだ。
今年度から予備調査を始め、06年度から10年かけて全国10カ所に済む0歳児と5歳児5千人ずつを、半年から1年ごとに調査する。自治体や学校を通じて協力を呼びかける。
研究は、パソコンやテレビに長時間接することで、子どものコミュニケーション能力に与える影響の解明などが狙い。
…(略)…
例えば、パソコンのチャットと、友だちに会って話をした場合とを比較。カーレースのゲームと、外でかけっこをして遊んだ場合の比較などが想定されている。働いている脳の部分や、その強弱を分析する。
「キレやすい子」などの発達の要因も分析。親子の様子をビデオ撮影して表情やしぐさを分析、小児科医が親子がふれあう時間や親の生活スタイルなどの環境を面接とアンケートで親に尋ねる。
研究に携わる小西行郎・東京女子医大教授(発達神経学)は「日本で子どもの心の発達に関する実態調査は初めて。親が子の発達に不安を持たないようになってほしい」と話す。

朝日新聞04年6月30日付朝刊)*1


この調査の母体となるのが、小児科医会だとすれば、そして、「小児科医が親子がふれあう時間や親の生活スタイルなどの環境を面接とアンケートで親に尋ね」たのが、この調査だとすれば、かなり不安だ。
1万人を10年かけて追跡調査するとなると、少なくとも何千万単位の予算がいる。
つうか、たぶん億を超えるだろう。
お願いだから、お金をドブに捨てるような調査だけは避けてほしい。


私は、脳科学「ブーム」に関しては批判的だが、はたして子どもの発達にメディアや情報機器の影響があるのかどうか、あるとすれば、どういう影響がどういうプロセスによって生じうるのか、(脳)科学的にきちんと検証する必要性は認める。
ぜひ、きちんと検証してほしいと思っているし、だから、この調査はきわめて貴重なものだと思っている。
ただ、こういうアンケートを見せられてしまうと、きちんとなされるかどうか、不安になってしまうのだ。


ゲーム脳なぞとは別の理路で、過度のテレビ視聴やゲーム利用が子どもの発達に影響する可能性は十分考えられる。
授乳行動ひとつをとっても、ヒトは他の霊長類、哺乳類とは違った行動をとる。
たとえば、おっぱいを吸う途中で休みを入れる。
生後3ヶ月までは、息を吸いながらでもおっぱいを飲めるような喉の解剖学的構造になっている。
だから、息が苦しくなって休みを入れるのではない。
また、栄養摂取の途中で休みを入れることは、個体・種の保存という点からして、決して得策ではない。
生命維持をある程度犠牲にしてまで、おっぱいを休むのは、ある種の原初的なコミュニケーションの形(行為の相互的やりとり)をトレーニングするためのようであることは、最近の行動学研究からえられた知見のひとつだ*2
こうした、いわば本能とか遺伝子のレベルに組み込まれたコミュニケーション‐トレーニングの「場」は、おそらく他にもたくさんあるはずで、その「場」をテレビやゲームは侵食する可能性がある。
しかし、そのことはあくまで今のところ「可能性」であって、実際にどうか、どのくらい実際化しうる「可能性」かは、わかっていない。
こうした「可能性」をきちんと検証できる数少ない貴重な機会が、今回の調査研究プロジェクトであるはずなのだ。


先の記事中にでてきた小西行郎さんの書かれた『赤ちゃんと脳科学』(集英社新書)にしても、「脳科学」とタイトルに銘打った本のなかでは、数少ない(?)目配りの行き届いた、落ち着きのある良い本だと思う。
だから、期待したいのだ。
だいじょうぶか、日本小児科医会「子どもとメディア」研究班。
お願いだから、アンケート調査をやるときは、社会調査の専門家を企画立案に加えてください。
お茶の水女子大の坂元章さんとか無藤隆さんとかが適任だと思いますが、私ふぜいでもよければ手弁当で参加しますから。
社会調査ってのは、出したい結果を出すんじゃなくて(その面も多分にあることは否めないが)、出したい結果はあるにせよ、それをあくまで「検証」するはずのもんですから。



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*1: この記事の見出しがまたトホホなのだ。いわく、「ネットやゲーム 現実と混同? 子どもの脳10年追跡」

*2: 正高信男『0歳児がことばを獲得するとき』(中公新書