私の卒業論文(1)

押し入れから自分の卒論をサルベージしたので、ことのついでに、恥をしのんで、アップしてみる。
まぁ、たいした分量でなし(けっこう短めの枚数制限があった)、この機に電子化してバックアップとっとくのもよかろうて。

図形の分類における範疇の形成について


昭和62年度卒 文学部哲学科心理学専攻  辻 大介


 図形の範疇分類については、これまで概念の形成、図式の抽象に関連して種々の研究が行われているが、ある事例を学習した後新しい事例の分類を行わせるという各種の実験の結果から、範疇に関してある種の中心化傾向が存在しそれを基準としてカテゴリー判断が行われるという仮説が妥当である様に思われる。これに対し個々の事例のみを判断の基準とする仮説も主張されているが(Medin & Schaffer, 1978 : 須藤 昇, 1987)、仮説概念として便宜的に中心化傾向を仮定する事にとどめるならば本論文においては問題はないと思われるので、本論文では特にReed(1972)の用いたプロトタイプ(原型)モデルを前提にして論をすすめる。


おいおい、最初に、全体の概要すら述べてないじゃん、どんな問題に取り組むのかも述べてないじゃん...orz
「妥当である様に思われる」「問題はないと思われる」って、その根拠は? 簡単でいいから書けよ...
それからもうちょっと読点(、)を使って、文を読みやすく区切れよ...

 Reedのプロトタイプモデルについて 彼の実験では四属性三値をとるBrunswikの顔図形が、多次元空間上で線形弁別関数(Nilsson, 1965)によって二つの範疇へ分類されて用いられた。そして各範疇から任意に五つの顔図形が選択されて被験者に提示された後、新しい顔図形が提示され、その分類について種々の仮説モデルの検討が行われた。Reedはこの研究以前のモデルを確率モデル(属性値の出現頻度を基準として分類を行う)と距離モデル(ある標準点からの特定の方法で測った距離を基準として分類を行う)に大別しており、Reedのプロトタイプモデルは、プロトタイプを各属性の平均値を持つ刺激(顔図形)と定義しそのプロトタイプからの距離を基準としてカテゴリー判断が行われる、とするモデルであるので距離モデルに含まれる。距離は各属性時限を直交軸とする多次元空間においてMinkowskiのr-metric法でr=1, r=2の場合について測定されて検討された。平均値の持つ特性上、頻度がそのなかに組み込まれているので、単純な確率モデルより優れていると考えられるが、プロトタイプを各属性の平均値とすることには確率モデルの立場からの反論もある(Neumann, 1977)。
 またプロトタイプが単に物理的な属性値の平均値を持つ刺激とも考え難いが、本論文では実験計画における便宜上プロトタイプを物理的属性値の平均値を持つ刺激と仮定して取り扱う。


「確率モデルの立場からの反論」は、さらっとスルーされてるが、実験計画に影響しないのかよ...

 本論文で検討する仮説 以上のReedのプロトタイプモデルを前提とした上で、本論文では、プロトタイプ(もしくはなんらかの中心化傾向)からの距離だけではなく、プロトタイプ同士のもしくは範疇同士の異なり方の方向性という情報も利用してある種のカテゴリー判断は行われるという仮説を提案し、その検討を行う。そこで仮に距離のみの情報を用いて行われる判断をスカラー的尺度を用いたカテゴリー判断、“異なり”の情報も用いて行われる判断をベクトル的尺度を用いたカテゴリー判断と呼ぶことにしたい。


もうちょっと言葉を足さないと、肝心の仮説がイマイチわかりにくいなぁ...

 ベクトル的尺度仮説の背景 以下は蛇足になるが、この“異なり方”といった仮説を思いついた背景には、Saussure, 1916に始まる構造主義の基本的な考え方がある。Saussureは言語を「差異の体系」ととらえ、ことばの意味は別の言葉との差異によって決まると考えた。誤解をおそれずに言うと、例えば「イヌ」という表記(シニフィアン)はイヌという意味そのもの(シニフィエ)がまず存在しそれを言いあてるのではなく、イヌということばの意味(シニフィエ)は別のことば(例えばネコ)との差異によって決定すると考えたのである。
 プロトタイプモデルに以上の考え方を関連させると、かなり乱暴ではあるが次の様に考えられる。全事例を範疇Aと範疇Bに分け、Aに「A」という表記を、Bに「B」という表記を対連合学習させた場合、範疇A、範疇Bはそれぞれ「A」、「B」というシニフィアンに対するシニフィエであると考える事ができる。そして範疇A、Bの差異に「A」「B」という表記の差異が任意に対応しており、また範疇A、B(シニフィエ)は互いの差異によって決定されていると考えられる。Reedのプロトタイプモデルにおいても、提示されていない新しい事例の範疇分類は各範疇のプロトタイプからの距離の比較によって決定されるので、この比較の過程において例えばある新事例が範疇Aであるという同定も範疇Bとの関係において判断されており、決して以上の範疇A、Bが互いの差異によって決定するという考え方に反するものではない。しかし「人間が樹立する事物間の絆は、事物に先だって存在し、事物を決定する働きをなす。…まず在るものは視点だけであって、人間はこの視点によって二次的に事物を創造する」(Saussure)と考えるならば、プロトタイプが第一に形成されてそこから間接的に範疇A、Bの関係性(差異)が新事例のカテゴリー判断に反映されると考えるのは不自然である。それより、もっと直接的に範疇A、Bの差異に関する情報が、範疇A、Bのシニフィエ(ある意味でプロトタイプがこれに相当すると考えてもよい様に思われる)の形成、そして新事例の範疇A、Bへのカテゴリー判断に用いられる、と考える方が自然であるように思われる。言いかえれば、範疇A、Bがそれぞれどのようなものであるかという情報(例えばプロトタイプ、中心化傾向)の他に、範疇AとBがどのように異なるかという情報がカテゴリー形成、判断に用いられているのではないかということである。


自分でも言ってるが、この部分、完全に蛇足だよ...
そういや、口頭試問のときにも、この箇所につっこまれたなぁ...


早くもイヤになってきたが、以下、(いつになるかはわかりませんが)つづく...