『反社会学講座』第16回より


タイトルは「それでも本を読みますか」。
書籍版の書き下ろしで、ウェブ版にはない回。
本を2冊いただいた恩義があるので、販促がわりにちらっとご紹介。

イギリスの作家サマセット・モームは『読書案内』で、世界の名作文学は冗長な部分が多いので、とばし読みしておもしろい部分だけ楽しめと、国語の先生に怒られそうな読み方を勧めています。
「一日に五時間は本を読みたまえ。そうすれば……君は学者になるだろう」とのたまうエマソンに対し、「こんな忠告に従った人間がどんな不幸に陥るか」と切り返したのが、フランスのヴァレリーラルボー。その著書は『罰せられざる悪徳・読書』。タイトルからしてインモラルな香り。
ということで、ラルボーより時代的にはちょっと前になりますが、一九世紀から二〇世紀初頭にかけてのフランス読書事情を紹介しましょう。アラン・コルバンさんの『レジャーの誕生』によると、この時代、労働者階級の教育水準が上がるにしたがい、恋愛・冒険などを扱った通俗小説が売れはじめます。すると、資本家や識者の間で、読書の害悪が問題視され始めます。

連載小説が女の脳味噌にとって、男の脳味噌に対するアルコールと同じ、しかもおそらくもっと深刻な破壊を起こすのだと確信しない者はいない。

彼らを痴呆化させる下劣な余暇

推理小説、感傷的な小説、植民地での冒険小説は……プロレタリアを腐敗させる最悪の毒

内藤陳さんが耳にしたら憤死してしまいそうな発言が並びます。とにかく、当時のフランスでは読書は怠惰につながるとされ、本は仕事の合間に隠れて読む、まさに悪徳だったのです。読書が名誉を挽回するのは、皮肉なことに、民衆の娯楽の王座を映画に取って代わられてからのことでした。

(p.211-2)

日本でもこの流れは同じです。明治時代の新聞のコラムでは女性に人気の本を「奥様はハイカラな恋愛小説、商家の細君は侠客物の講談を好む」…と分析し、婦人の読書は品性が悪いと決めつけています。
…(略)…
日本では大正時代に活動写真が娯楽の花形になりました。すると今度は新聞のコラムも一転して読書の味方にまわります。

今は活動写真全盛の時代であって、少年少女の読書趣味を奪うこと甚だしく、卑俗な映画と無学な弁士との為めに悪感化を受けている……

時代によって悪役は本→映画→テレビと移り変わります。要するに人間はいつの時代にも、娯楽を社会が悪くなったことの原因としてスケープゴート…にしているというだけのことです。いまだったらさしずめその役目は、テレビゲームやインターネット、携帯電話あたりが担うわけです。
「世の中が悪くなったのはオレ以外の誰か(オレには興味のない何か)のせいだ!」という自己中心的な考え方は、人類の文明とともにあるのです。弥生人の勢力が拡大していたころ、追いつめられた縄文人たちはきっと「世の中が悪くなったのは稲作のせいだ!」と思っていたことでしょう。

(p.212-3)


んむむむむ。
反社会学講座」は、私が書いたのではホントにないのだろーか?
夢遊病状態になっているときとか、別人格が現れているあいだに書いていて、記憶を解離してしまってるとか、そんなことはないか?(>オレ)
そういえば、酒を飲んでる途中の記憶がときどきないような気もするが......


次は、先週の講義で紹介したショーペンハウアー『読書について』(岩波文庫)の一節。

読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた家庭を反復的にたどるにすぎない。修辞の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである。だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持ちになるのも、そのためである。だが読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。そのため、時にはぼんやりと時間をつぶすことがあっても、ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失って行く。つねに乗り物を使えば、ついには歩くことを忘れる。しかしこれこそ大多数の学者の実状である。彼らは多読の結果、愚者となった人間である。なぜなら、暇さえあれば、いつでもただちに本に向かうという生活を続けて行けば、精神は不具廃疾となるからである。実際絶えず手職に励んでも、学者ほど精神的廃疾にはならない。

(p.127-8)


原著Parerga und Paralipomenaが出版されたのは、1851年。
シャルティエらの読書史研究によれば、ヨーロッパで読書スタイルが少数精読型から多数乱読型に移り行ったのは18世紀末から19世紀前半のようなので、この時期の著作にあたりますね。
ケータイ画面をみつめながら黙々とメールを打ち込む姿に「ぶきみさ」を感じるのと、同じような抵抗感をショーペンハウアーももったのではないかと。
ま、ショーペンハウアーが厭世家の皮肉屋だったせいも大きいとは思いますが。


そいで、次の一節は、やはり先週の市民講座で紹介したもの。

内容はとにかくとして、如何にこれ等が我等大人に對しても強い悩ましげな刺戟を與へるかを見よ。まして空想に憧れる架空的な奇抜な事を好み、また漸く春機發動期に達した様な少年には、どれほど強い刺戟となり誘引となるかは想像に餘りあるのである。
要するに活動寫眞については複雑した色々の問題がある。そしてそれが直接間接に少年犯罪には大關係を有つてゐる。


原房孝『少年の犯罪と其の豫防』(金港堂書籍)p.177より。
発行は、大正十(1921)年四月廿五日でござる。